自分を変える、ということについて

私がジコケーハツという分野に少し関わりを持ち始めてから実に、5年という月日が経っておりました。
5年経ってました。
5年経ってました。

なんかもー、数えてみてマジ5年?って思いましたね…

 

最近ではあまりそういった分野にはかかわっていないのですが、気になっていることがあり、今日もそのことがドライブ中に噴出してきました。

 

「他人は変えられないが自分は変えられる」

という言葉。

聞いた当初はそうだよなと思っていましたが、最近この言葉にものすごく反発していまして。

 

この言葉には納得するし、最初は自分が変わらなきゃって思ってましたよ。
自分が変われば相手も変わるってさんざん言われてましたし。

 

でもね、相手なんて変わらないんですよ。
自分が相手に合わせて相手の傾向を知って相手はこのタイプだから対処はこうでこう働きかけると…って、色々なセミナーで聞きました。

でもね、そんなことしてたってなんの意味もなかった。
こちらが疲弊するだけ。

相手はそんなこちらの事なんか知ったこっちゃない。

自分に合わせてくれて楽ちんって感じ。

 

もうそれがすっげーいやになった。

そんなんで自分が疲弊して何もかもめんどくさくなって全部放り出したくなっている。

そんなこんなで、今日は車のなかで大爆発。

 

いろいろ口に出して言った挙句に、

こういう状態をヒューマンデザインで言うところの「ノットセルフ」自分らしくない状態って言うんだろうなって思って、

 

相手に合わせて自分が変わる必要なんてないじゃん。

って結論に達し、

 

自分が自然体でいられるように自分を変えよう(戻そう)って思ったざんす。

 

本来世間が言っている言葉の意味とは違うと思うけど、私はそう決めました。

 

無理に人に合わせない。

無理に人のために自分を変えない。

 

相手が僻んでもご機嫌を取ったりしない(今もしてませんが)

相手が機嫌悪くてもご機嫌を取ったりしない(今もしてませんが)

相手がうるさかったら離れる(これはやってる)

相手がネガティブな事をぐずぐず言っていたら離れる(これはやっている)

必要のないやりとりに付き合わない(これはやっていく)

行きたくない飲み会に行かない(これはやっている)

 

そんな感じ。