自分にとっての写真とは

写真を撮ることにして多分丸3年が経ちました。

カメラはずっとPanasonicのLumixGF5

Lumixシリーズの中でもあんまりパッとしない機種のようですが、小さなミラーレス一眼でも結構きれいに映るぜ(^^)vって思ってずっと使っています。

不満はリレーズが使えないことくらいかな。

 

一時はEOS買いたかったですがね~

金額にしても重さにしても、結局は手に余るような気がする…と思って最近は購買意欲は失せました(笑)

まぁ今無理に買わずとも、いずれタイミングが合えば手元に来るでしょう。

 

自分にとって写真を撮ることというのは、表現の一つではあるんですが、外とのコミュニケーションのためのツールの一つでもあります。

普段は花や風景を撮ることが多いので、人や生物を撮ることにはあまり慣れていないです。

 

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(おやつ目線…)

 

それでも時たま、撮ってと言ってくださる方が現れるので、まれに人を撮ったりします。

ひたすら連写して撮るやり方なので、1000枚くらい撮ったりします。

1000枚分のその人の表情って、普段その人が生活をしている上では、自分では見ることが出来ない表情なんですよね。

これを切り取ることが出来るというのがなんだかいいなと。

 

ああ、そうか…

その人を撮るという事は、私とその人のコミュニケーションと言うよりかは、その人自身が自分とコミュニケートするという事なのかもしれません。

写真を撮る人を通した自分とのコミュニケーション。

 

(だから私自身は写真を撮られることが苦手なのかもしれません(笑))

 

とりとめのない話になってきましたので、今日はこれまで。

 

 

☆☆☆☆☆☆☆

 

3月2日(木)

マヤの暦は8月銀河の月24日

紋章は白い鏡 銀河の音は太陽の
白い太陽の鏡
ガイドは白い魔法使い
赤い竜
青い夜
黄色い星

 

果てしなさを実感し、映し出しているものを脈動させる
生命の息吹

生命力
本能の意図

感じるものは何ですか?

アートを意識しているか?


☆☆☆☆☆☆☆